紅葉の季節は春以上に観光客が多い京都、この時期は避けていたはずだったが、今年は暖冬と少雨のため師走になっても紅葉がある。いや、今月に入った方が今年は紅葉が良かった場所も少なくない。雨上がりの「南禅寺」を経由して、我が家定宿「俵屋旅館」に車を走らせる。
1704年創業、300年以上に渡って京入りする旅人に愛されて来た。門をくぐるとスタッフの皆さんが笑顔で迎えてくれる、ほっと一息をつく瞬間だ。中に進むと既に新春に向けた華やかな設えが見えてくる。一方で年末の粛々とした風情もある・・この年末の独特な空気が好きなのだ。
玄関には臨済宗中興の祖といわれる江戸中期の禅僧、白隠慧鶴の掛け軸「秋葉山大権現」が飾られる。鉄鉢には水仙が活けられている。フロント脇には大正時代の井澤寛洲「托鉢行帰図」。上がってすぐの坪中には、紅い南天がたわわに、しかし楚々と椿と共に美しく佇んでいる。
ちょうど翌日は「事始め」として、紅白の「餅花」作りが行われるはずだ。それは餅を柳につけて花に見立てる俵屋独自のお飾り。この南天や軒先を覆う花のように設置され、一層華やかに新年を彩ると言う訳だ。その奥ロビーに飾られているのは「鎌倉期木造狛犬」と、細川護熙「太子立像」。
部屋に向かう廊下、本館と新館の手前に佇むのはいつもの「猿石像」、そう言えばNHK・BSプレミアムで放送された「ザ・プレミアム 京都 ふしぎの宿の物語」で、彼は案内進行役だったか。妻は「来年は君がスターだね~」などと声を掛けつつ写真を撮っている(笑)
そして迷路の様に入り組む一階奥の突き当たり、離れ風の特別室「暁翠庵(吉村順三氏設計)」に入る。アップル創業者スティーブ・ジョブズもこの部屋がお気に入りだったのは、もう有名だろう。居間や書斎から見渡せる、美しい中庭にも楓が散り、まだ秋の風情も残っていて不思議だ。
各部屋ごとに季節に合わせたこだわりの設えがされ、掛け軸もそれぞれ掛けられている。思えば前回夏は「鷹の間」に宿泊したのだった。我が家はもうずっと「暁翠庵」を使わせてもらっているので、やはりこの空間に入るとほっと落ち着く事を実感する。
この日の居間には玄関と同じく白隠慧鶴の「行脚僧画賛」の掛け軸。修行僧の風情が、しみじみ師走の気分を増す。その前には一輪の椿。何気なく貴重なもの、季節を感じるものが置かれているのも俵屋の奥深さであり、客としての楽しみの1つだろう。
そのような心づくしの部屋で静けさの中、ウェルカムアメニティーの「俵屋特製わらび餅」をオリジナル緑茶と共に頂くと、また格別な情緒だ。陽も落ちて来た頃、高野槙の浴槽にゆっくり身を沈める・・まるで一年の疲れが取れていくようだ。
名物「サヴォン・ド・タワラヤ」などのバスアメニティに加え、オリジナルの「ガーゼパジャマ」や「可愛い靴下(足袋)」なども毎回妻は楽しみにしている。今回は浴衣の上に重ねる「羽織り」、これが新調されていた様で「見て見て可愛いウサギだ~♪」と、嬉しそうにポージングしていた。
さて、いつものお部屋係さんが挨拶に見える。今回は入社したての若い見習いさんを伴っていた。日本文化のしきたりや作法は学ぶことも多いだろうが、ここは日本を代表する名旅館、頑張って一人前になって欲しいものだ。
さぁお待ちかねの黒川修功料理長「師走の料理」がスタートする。上品で優しい料理達に向き合える幸せ。お部屋係りさんが「僧」が描かれた盃に、自家製「イチゴの食前酒」を注いでくれる。軽やかな甘さと風味が穏やかな気分にさせてくれる。
先付が並ぶ盆には紅葉も散らされていて風情ある。南天が描かれた丸器の蓋を取ると「蛤蒸し煮」が入っている。平茸や芽葱も添えられ優しい味わい。真ん中は「海老 松の実和え」、海老の風味が豊かで美味。豆慈茹、人参の葉もアクセントだ。「茶巾蕪」は、分葱・むかご・芽じそを辛子酢味噌掛けで頂く。
盆左上の「小茶碗」蕪蒸しは、きのこ餡かけが熱々。おろした蕪と出汁でほっこり暖まり、キノコの風味も良い。グジや海老も顔をみせ、三ツ葉や山葵が効いている。どれも滋味深い味わいに、妻は「黒川料理長素敵~♪」と既に満足そう。
乾杯に開けたのは、今年「俵屋旅館のハウスシャンパーニュ」になった「ドゥラモット ブリュット NV(Delamotte Brut NV)」をお願いする。1760年創業のシャンパーニュ・メゾン「ドゥラモット社」は、メニル·シュール·オジェ村に5haの畑を所有。
コート・デ・ブランのシャルドネが50%、ブズィとアンボネのピノ・ノワールが30%、ヴァレ・ド・ラ・マルヌのピノ・ムニエ20%、ドサージュは1L当たり9g。瓶内熟成期間は30~36ヶ月。繊細な葡萄の甘さと旨味、切れのある酸味、適度で心地よいミネラル感が、上質な和食にぴったり寄り添う。
向附はいつもながら黒川料理長の繊細な技術が光る。
「鮃へぎ造り」「伊勢海老洗い」「鯛千利造り」が黒漆に艶やかに並ぶ。平目の上品な旨味、鯛のまろやかな甘み。特製ポン酢も相変わらず好みの塩梅。伊勢海老は海老味噌醤油で頂く。プリッとした身に味噌の微かな風味が呼応する。
続く煮物は「海老芋饅頭湯波薄葛仕立て」。この美しいお椀は何と豪華なプラチナ製だ。蓋にはくす玉の絵柄が描かれている。海老芋のねっとりした食感に優しい出汁が絡んでくる。中には松葉人参・舞茸・若芽菜も潜んでる。これも黒川料理長らしい雰囲気ある椀物だ。
続く焼物は「寒鰤塩焼霙掛け」。はじかみ、そしてすだちをサッと絞って頂くと寒ブリらしい脂がじんわりと広がる。更にもう一品熱々小鍋(オリジナル・ココット)は、豆乳をかけて焼いた京野菜の「羽二重焼き」。下仁田葱・蓮根・堀川牛蒡・人参・大黒しめじを、ホクホクと頂く。
「ドゥラモット」にも合ったがこの辺りで日本酒も頂こう、北山の地酒俵屋特製「吟醸 俵屋」だ。続く御凌ぎは「穴子飯蒸し」。好みな器は聞けば、奈良の陶芸家・辻村史朗氏の作品。なるほど俵屋ではお馴染みだろう。ふんわり穴子が乗った旨味たっぷりの蒸飯、焼椎茸・菊菜浸しが、落ち着きのある白皿に美しく映える。
さぁいよいよ温物、冬の京都と言えばやはりコレが食べたい、「鴨鍋」の登場だ。お部屋係りさんが両手に抱えるジュージューとすごい音の土鍋・・まさに職人技だ。妻は拍手で出迎えながらも「火傷しないでね!」とハラハラしている。
何とも肉厚でジューシーな鴨。加えて白葱や壬生菜のシャキシャキ感。そして鴨の出汁の、奥ゆかしくも滋味深い味わい。飲み干しても飽きない旨みだ。そんな出汁を吸った焼麩のねっとりした深い味わい。汗をじんわりかきながらのメインに2人やっぱり満足する。
お腹もいっぱい、日本酒で一息ついた所で強肴が運ばれた。さっぱりと頂ける「魳煎り胡麻酢掛け」だ。赤蕪・若水菜・茄子の漬物と共にふっくら「御飯」も一緒に頂く。京都の西・越畑から毎日、必要なだけ精米されて運ばれてくる白米は、艶やかに光り口中で優しい甘さが広がる。
最後は水物の甘い「蜜柑ゼリー」で癒され、満足のディナーを終えた。妻は案の定、「もう限界お腹はちきれる~♪」と幸せそうにベッドルームに駆け込んでしまうので、その後運ばれたお茶と和三盆「福俵」は、私が1人でじんわり楽しむ(笑)
夫婦2人の時間を、周りの環境に左右されたくないと言う思いから、レストランでも可能ならば個室を選ぶ事が多い。その意味でやはり俵屋旅館の食事というのは「究極の個室」。最高の京料理を、心からリラックスして頂けるのは幸せな事だといつも思う。
今宵も黒川料理長の穏やかで愛にあふれた料理を、いつもの部屋係さんのもてなしで、静謐に包まれながら2人で存分に楽しめた幸せな晩餐であった。そして、ぐっすり眠った翌朝は更に、
目覚めの「生乳ヨーグルト」に続き「湯豆腐(平野屋豆腐・湯波半)」「コーヒー(京都の名喫茶『カフェ・リドル』復刻)」を頂いた。本来なら「若狭焼」「鰈一夜干し」「はたはた一夜干しの盛り合わせ」「塩鮭」から選べる素晴らしい和定食や、玉子料理も豪華な洋メニューもあるが、フレンチレストランなどでのランチ予定がある場合は、残念ながら量的に我慢せざるを得ない。
最後はいつもの様に俵屋オリジナルの「香袋」や「福俵」などを土産に買い込み、黒川料理長やお部屋係りさん、いつものフロントスタッフ達に年末の挨拶をして車に乗り込んだ。
寒い中、車が見えなくなるまで皆さん手を振り見送ってくださる。また来年お会いするのが楽しみだ。さて今日は大晦日、古年を除き新年を迎える除日。もう数時間後には「除夜の鐘」で煩悩を祓い、心静かに「新年」を迎えなければならない。とは言えギリギリまでばたばた、食べて飲んで賑やかなのは間違いないだろう(笑)
今年も多くの皆様に「リヴァロ家の食卓」をご愛顧頂きありがとうございました。来年も一家揃ってマイペースに更新していきたいと思いますので、宜しくお願い致します。どうぞ良い年をお迎え下さい(合掌)